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長靴をはいた栗鼠

イタリアのスポーツ紙「コリエレ・デッロ・スポルト」などに掲載された記事を翻訳します。日本での知名度がイマイチなクラブを頑張って盛り上げる係。

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新天地はミラノ、インテルDFデ・フライの新たな冒険

2018年7月13日 インテル

――デ・フライ、クリスチャーノ・ロナウドがセリエAに来ました。
あれほどの一流選手がセリエAでプレーするのは、イタリアのサッカー界にとっても素晴らしいことだと思う。それでも自分はインテルのことに集中したい。大きな野望と意欲を持ったクラブだ。

――インテルを選んだ理由を教えてください。
クラブが信頼してくれたことが大きい。インテルほど熱心に誘ってくれたクラブは他になかった。今回の移籍を心から喜んでいるし、自分の選択は間違っていなかったと確信している。

――なぜ背番号6を選んだのでしょう?
自分が大好きな番号だから。

――3バックと4バック、得意なのはどちらですか?
どちらのシステムでもプレーできる。昨季のラツィオは3バックだったが、それ以前は4バックでも問題なくやれていた。決めるのは監督だ。

――昨季の最終節終了後、インテル戦でのプレーをめぐって大きな議論が巻き起こりました。ラツィオとの別れはどういったものだったのでしょう?
最終戦に関しては残念なことになった。それでも自分をよく知っている人、ラツィオでともに仕事をした人たちなら、自分がどういう人間なのか理解していると思う。ラツィオは快く送り出してくれたし、インテルでの新しい冒険を応援してくれている。

――契約を延長せずインテルに移籍する、とラツィオ側に伝えたのはいつでしたか?
正確な日は覚えていない。最終節の2〜3週間前だったと思う。

――可能ならあのインテル戦をやり直したい?
今となっては過去の出来事で、時間を巻き戻すことなど不可能だ。なるようになったというだけの話。ラツィオでは数年間プレーして、最後の瞬間までできる限りのことはやったと断言できる。

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イタリアのスポーツ紙「コリエレ・デッロ・スポルト」を翻訳します。誤訳と誤植と勘違いが大量に含まれますのでご注意ください。日本での知名度がイマイチなセリエAクラブを頑張って盛り上げる係。

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